先ごろ開店して気になってた「ふじや」。
中州と天神の間、流れてくる客を狙うには好立地か。
ここのところ過熱気味の讃岐ではなく、なんら気負うことなく食べられる博多風を選択したところも貴重な(なんかもうこの状況が悲しいが・・)新店なのだ。

店に入ってすぐに券売機があって食券を買うようになってる。
席に着くと反対側の一角にあるとり放題の惣菜をすすめてくれた。
時々遭遇するちょっと嬉しいサービスだ。
注文はごぼ天。

博多風の作法にのっとりすぐに出てくる茹で置きの工場麺は、うどんといえばこのくらいだよねと私が常にイメージする"若干太め"。
すめも、昆布が真ん中にあってちょっと節系が覗く、所謂普通な感じで、ほんとにもう当たり前な一杯だった。
かつて学校の帰りとか、遊びに出た街とかで、ことあるごとに啜ってたうどんには、コシとか華とか今みたいに細かい注文は望んでなかったもんである。
そういう意味での当たり前さが、この店に残っている気がする。
しかし、氾濫する食のカテゴリーは当たり前から本来の存在価値を奪って久しい。
ブームとはげに恐ろしいもの。
思い出だけでは戦えない時代になってしまった。
ちなみに、揚げたてで供するカリカリ超クリスピーなごぼ天が、平成の新店を主張するアイテムといえるかもしれない。
(ネギの切り方がぞんざいだったのは、残念ながらマイナス要因。)
「ふじや」
福岡市中央区春吉3-6-1
ごぼう天うどん 500円
中州と天神の間、流れてくる客を狙うには好立地か。
ここのところ過熱気味の讃岐ではなく、なんら気負うことなく食べられる博多風を選択したところも貴重な(なんかもうこの状況が悲しいが・・)新店なのだ。

店に入ってすぐに券売機があって食券を買うようになってる。
席に着くと反対側の一角にあるとり放題の惣菜をすすめてくれた。
時々遭遇するちょっと嬉しいサービスだ。
注文はごぼ天。

博多風の作法にのっとりすぐに出てくる茹で置きの工場麺は、うどんといえばこのくらいだよねと私が常にイメージする"若干太め"。
すめも、昆布が真ん中にあってちょっと節系が覗く、所謂普通な感じで、ほんとにもう当たり前な一杯だった。
かつて学校の帰りとか、遊びに出た街とかで、ことあるごとに啜ってたうどんには、コシとか華とか今みたいに細かい注文は望んでなかったもんである。
そういう意味での当たり前さが、この店に残っている気がする。
しかし、氾濫する食のカテゴリーは当たり前から本来の存在価値を奪って久しい。
ブームとはげに恐ろしいもの。
思い出だけでは戦えない時代になってしまった。
ちなみに、揚げたてで供するカリカリ超クリスピーなごぼ天が、平成の新店を主張するアイテムといえるかもしれない。
(ネギの切り方がぞんざいだったのは、残念ながらマイナス要因。)
「ふじや」
福岡市中央区春吉3-6-1
ごぼう天うどん 500円
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